セミナーレポート
ブランディングから始まる
UI・UXデザインとは

公開 2023.6.26
去る2023年3月23日(木)、オンラインセミナー「ブランディングから始まるUI・UXデザインとは」が開催された。
デザイナーのキャリアは選択肢がたくさんあり、転職をしようと考えても「次は何を軸にしたらよいのか」と悩まれている方も多いはず。そこで今回は株式会社SIMONE エクスペリエンスデザイナー/UI・UX事業部部長の中村直人氏をゲストに迎え、活躍するデザイナーのキャリア遍歴について聞くセミナーを開催。ブランド・世界観構築のプロセスや、その中でUI・UXをどのように両立していくのかなど、デザイナーの具体的な業務を実際のプロジェクトを例にして語ってもらった。
講師プロフィール

- 中村 直人(NAOTO NAKAMURA)
- SIMONE INC.
エクスペリエンスデザイナー / UI・UX事業部 部長 - 学生時代はスタイリストアシスタントや少年サッカークラブのコーチを経験。新卒で入社した不動産系のデザイン事務所にてパンフレットやポスター、Webサイトなどさまざまなメディアのデザインを担当。2013年からはSIMONEに入社し、ブランドサイトからECサイト、ファッションから商業施設まで幅広いクライアントのWebサイトを制作。2022年からはUI/UX事業部の事業部長としてチームビルディングに取り組んでいる。
ブランディングの「DNA」を形作る3つの要素
中村氏は自己紹介のあと、「ブランディングとは?」という問いを投げかけた。
一貫したブランディングを大切にしている企業として、中村氏はスターバックスコーヒーやApple、Uberの名前を挙げる。これらの企業のブランディングは、単純にプロダクトそのものをアピールするものではない。そのプロダクトによって何がもたらされるのか、企業が考える「提供価値」にブランディングの肝があるという。
中村氏:たとえばスターバックスは、サードプレイスで過ごすひとときを提供することに価値を置いています。スターバックスはコーヒーチェーンなのではなく、あくまで居心地のよい空間を提供する企業である、というわけです。
これを踏まえ、中村氏は株式会社SIMONEで実践しているブランディングについて説明した。ブランディングにおいては、「ブランド」「ソーシャル」「オーディエンス」の3つの要素からなる「ブランドDNA」を定義し、そのブランドの価値や戦略を設計することから始めるという。
中村氏:「ブランド」はそのブランドが持つ歴史や強み、「ソーシャル」は社会の潮流や市場ニーズ、「オーディエンス」は顧客や生活者の望み・悩みといったものを指します。これらをリサーチしたうえで、ブランドのDNAとして何が一番コアな部分にあるのかを探るのです。

Webデザインも、「ブランドDNA」とは無関係ではない。Webサイトを起点として、「理念からコミュニケーションまでの一貫性と、あらゆる立ち居振る舞いの全体性のデザイン」を念頭に置くことが大切であると中村氏は話す。
中村氏:ECサイトのご依頼を受けた場合でも、「購入後のサポートはどうなっているのか」を考えればCRMの話をすることになりますし、「ECサイトと店舗はどうリンクしているのか」を考えれば、リアルな場作りも考えることになるでしょう。きっかけはECサイトだとしても、そこから全体性のデザインを考慮したうえでご提案をするよう、常に意識しています。

ブランドDNAから最終的なビジュアルデザインにどう落とし込むのか
では株式会社SIMONEは、どのようにブランドDNAからUI/UXデザインを導いているのだろうか。セミナーの後半では、その具体的なアプローチについて語られた。
まずクライアントの要望をヒアリングし、その情報を「与件の整理」「課題の抽出」「ゴールの設定」「予算取り」といった項目にまとめる。これらがそろったうえで、この案件のブランドDNAはどこにあるかを探るのだという。
中村氏:ブランドが誇りを持ち、社会意義があり、お客様に愛される状態になるには、ブランドDNAとして何が備わっているべきなのか。「ブランド」「ソーシャル」「オーディエンス」の3つの文脈から、外部調査・リサーチを通じて仮説を立てていきます。
リサーチをすることで、3つの文脈それぞれに対するさまざまな要素が集まる。たとえばスーツメーカーのブランドDNAを想定した場合、ソーシャルなら「アパレルの在庫不良問題」や「生産流通における中間コスト」といった課題、ブランドなら「膨大なサイトデータ」や「スーツのノウハウがある」といった強み、「オーディエンス」なら「ビジネスでスーツはマスト」「スーツ選びは時間も労力もかかる」といったリアルな声、といった要素だ。これらを導き出すことにより、ブランドDNAとして大切にするべきものはなにかを検討する。

核となるブランドDNAを導いたあとは、「届ける」について考えるステップへと移る。ブランドの社会的認識を変えるために、「誰に届けるか」「なにを届けるか」「どうやって届けるか」をそれぞれ検討していくのだ。
中村氏:「誰に届けるか」では、既存顧客像や新規顧客像を設計し、「なにを届けるか」ではクライアントやユーザーに価値のあるプロダクトやサービスとは何かを定義します。ここまで決まって初めて、どのような世界観なのか(ビジュアルアイデンティティ)、どのような体験価値があるのか(ブランドエクスペリエンス)を考えることになります。

ビジュアルアイデンティティでは、世界観に沿ったフォントやカラーなどを定め、ブランドエクスペリエンスでは消費者の認識変化に着目したマーケティング手法「パーセプションフローモデル」などを元にユーザー体験を設計する。そのようにしてユーザーが体験する流れを把握できた上でワイヤーフレームに落とし込み、最終的なビジュアルデザインを決めていくという流れだ。
中村氏:以上が、ブランドDNAからビジュアルデザインに落とし込むまでのフローですが、このように教科書通りにはなかなかうまくいきません。実際は、工程を戻ったり進んだりを繰り返しながら、納得いく形を探っていくことがほとんどです。逆に言えば、ここまで工数をかけてブランディングを追求するのが、弊社の特徴だと言えるかもしれません。
ブランディングの考え方は、ヒトもブランドも同じ
セミナーの最後は、中村氏からのメッセージで締めくくられた。
中村氏は「共感できる価値観を持った会社で働くことが大切」と掲げ、自身のキャリアもブランドDNAと同様に「ブランド」「オーディエンス」「ソーシャル」の3つの軸で考えることができると話す。

前述したブランドDNAの「ブランド」では、そのブランドの歴史や強み、思いを汲み取ることとして説明がなされていた。同様に、キャリアにおける「ブランド」でも、自身の強みや目標を意識して考えることを中村氏はすすめる。
中村氏:私の場合、目標は「クリエイティブディレクターになること」です。そのために今は「デザイナーとしての特徴を出していく必要がある」と思っていて、具体的には「コミュニケーションとWebデザインを強みとしたデザイナー」であろうとしています。現在の立ち位置と将来像との距離感を意識することで、目標とする姿に近づけると思っています。

また「オーディエンス」で意識すべきなのは、「周囲の意見に耳を傾け、行ったり来たりを繰り返す」こと。今ある環境や情報から仮説を立て、まずは突き進んでみる。そのうえで、周囲の意見に耳を傾け、微調整を繰り返しながら確信へと近づいていくことが大切だという。
最後の「ソーシャル」で、中村氏は「変換して物事を考え、捉える」ことをポイントとして挙げた。会社組織をサッカーチームに置き換えて考えてみたり、理不尽なことも見方を変えることでポジティブに捉えられたりなど、認識を少し変えてみることで、自分というブランドを多角的に捉えることができる。
スライドは「ブランディングしていく考え方は、ヒトもブランドも同じ」という言葉で締めくくられた。
中村氏:ブランディングは、1つの指針をもとに認識を変容させていくアプローチです。採用に関しても、「他者からどう見られているか?」という認識から、セルフブランディングに繋がると思います。自らのブランディングを考えることは、仕事としてブランディングを考えることにも紐づくはず。まずは自分自身のブランディングを考えるところからチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
最後に、セミナーの参加者から質問が寄せられた。質疑応答の中からピックアップして掲載する。
- ブランディングパートから実際にUI UXデザインへの落とし込みをするとき、実務的な部分でどのように考えて作業をしているのか伺いたいです。
- いきなりデザインを作ることはありません。
たとえば「どういうデザインにしようか」みたいな話からは、まず始まらないですね。いきなりデザインを作ることはほぼありません。まずは競合であったり、市場であったり、リサーチをするところから始まります。リサーチをしたうえで、どういうUI/UXにするのかを具現化していく形です。お客様によっては、「こういうサイトを作りたい」と構成まで書かれてお渡しいただくこともあるのですが、ブランドのあるべき姿に立ち返って、改めてこちらから提案していくことも大切だと思っています。 - クライアントから納得がいかない内容の修正を依頼されたとき、どのように処理をしているのでしょうか。
- 意図を伝えるのもデザイナーの仕事の一部だと思っています。
デザイナーとして何を大切にしていて、達成されることでどんな未来があるのか、といった話をクライアントとしていきますね。お客様に自分たちの意図を伝えるのも、仕事の1つだと考えているんです。注意すべきなのは、お客様と自分たちのどちらが正しいか、という二元論ではないこと。「このプロダクトをよりよくするにはどうすればよいか」とお互いが考え、共創していく形が理想だと考えています。
編集部より - セミナーを終えて
セミナーでは、株式会社SIMONEにおけるブランディングのプロセスが惜しげもなく語られた。生物を形作る“設計図”がDNAに刻まれているように、株式会社SIMONEのブランディングは「ブランドDNA」が根幹にある。徹底的なリサーチをもとに、根幹から着実に幹や枝を伸ばしていくからこそ、ビジュアルデザインやUI/UXデザインに説得力が生まれることがよく理解できた。
これからも、さまざまなゲストを招き、転職やキャリア形成を考えるうえで有益な情報をお送りする予定だ。ぜひ今後のセミナー内容にも期待してほしい。